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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4718号 判決

原告

寺田美智子

ほか二名

被告

西濃運輸株式会社

ほか一名

主文

被告らは、原告ら各自に対し、各自、金七六二万二二六二円及び各金員に対する平成五年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告らに対し、各金一九二一万五六七六円及び各金員に対する平成五年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

被告山下友文(以下「被告山下」という。)は、平成五年一一月一六日午前一時三〇分ごろ、被告西濃運輸株式会社(以下「被告会社」という。)所有の大型貨物自動車(登録番号大阪一一う八〇二五、以下「加害車」という。)を運転して、大阪府豊中市名神口一丁目三番一号先の交差点(以下「本件交差点」という。)を南から東へ右折する際、同交差点内で道路標示設置作業に従事中の訴外張崇鎮(以下「訴外張」という。)に接触し、同人を同月一七日午後六時四六分死亡させた。

2  責任

(一) 被告山下は、加害車を運転中、本件交差点を右折する際、前方注視を怠つた過失により本件事故を発生させたから、その不法行為につき、主位的に自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、予備的に民法七〇九条により、原告らが被つた後記損害を賠償する義務がある。

(二) 被告会社は、加害車を所有し、これを自己のための運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らが被つた後記損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 治療費 四一六万三八〇三円

(内訳)

林病院 一六万二九七四円

千里救命救急センター 五四万四三二〇円

三島救命救急センター 三四五万六五〇九円

(二) 逸失利益 五六七八万七八一六円

訴外張は、昭和二三年一〇月一日生まれ(本件事故当時四五歳)の男子で、六七歳まで就労可能であったとみられるところ、本件事故当時、株式会社大翔の取締役として月収五〇万円(社会保険料月額三万六三二〇円を控除して四六万三六八〇円)を得て、一家の支柱として家族四名の生活を支えていた。そこで、右収入を基礎にして、控除すべき生活費を三割とみて、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算定すると、右のとおりとなる。

(算式) 四六万三六八〇円×一二×(一-〇・三)×一四・五八

(三) 葬儀関係費用 二七二万九二三〇円

(内訳)

葬祭費用一切 一三九万二一八〇円

布施 五〇万五〇〇〇円

礼堂使用料 二一万〇〇〇〇円

仏壇仏具 五七万一六五〇円

石材文字彫り込み 五万〇四〇〇円

(四) 慰謝料 各八三三万三三三三円

訴外張は一家の支柱として家族四名の生活を支えていた者で、その死亡により原告らが受けた精神的苦痛は極めて大きく、これに対する慰謝料は、原告ら各自八三三万三三三三円(二五〇〇万円の三分の一)が相当である。

(五) 弁護士費用 各一〇〇万円

4  相続

訴外張は中華人民共和国の国籍を有する者で、原告寺田美智子は訴外張の妻、原告寺田真由及び同寺田勇介は訴外張の子である。

原告らは、法令二六条、中華人民共和国相続法の規定により、訴外張の損害賠償請求権をそれぞれ平等の三分の一ずつ相続した。

よつて、原告らは、各自、被告ら各自に対し、被告会社に対しては、自賠法三条に基づく損害賠償として、被告山下に対しては、主位的に自賠法三条に基づく損害賠償として、予備的に民法七〇九条に基づく損害賠償として、前記損害総額のうち、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の合計額から、自動車損害賠償責任保険から支払いを受けた二七一四万〇七八七円を控除した残額である各金一九二一万五六七六円及び各金員に対する平成五年一一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、本件事故の日時、場所、加害車が本件交差点を右折する際、交差点内で道路作業に従事中の訴外張に接触し、訴外張が死亡した事実は認める。

2  請求の原因2は認める。

3  請求の原因3はいずれも争う。

4  請求の原因4は不知

三  抗弁

1  過失相殺

訴外張は、車両の進行が規制されていない本件交差点内で、深夜、作業を急ぐあまり、道路使用許可条件を無視して、警備員の配置、警告灯の設置等の基本的遵守事項を怠り、交差点中央に片膝を着く姿勢で作業していたのであるから、自ら事故を招いたといつても過言ではなく、原告側に九〇パーセント以上の過失が認められるべきである。

2  損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から、二七一四万〇七八七円、被告会社から二〇〇万円、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)から、遺族特別支給金三〇〇万円及び葬祭料四二万八三〇〇円を支払われ、また、医療機関の請求に基づき、四一五万五三九三円の療養補償給付が行われているので、過失相殺後に、これらを控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

訴外張自身の過失は二〇パーセント以下であり、仮に道路標示設置作業の保安措置に不備があったとしても、それは、訴外張の雇用主である訴外株式会社大翔(以下「訴外大翔」という。)又は元請けの富国工業株式会社(以下「訴外富国」という。)の過失として、被告山下の過失と競合するものであって、訴外張の過失として考えられるべきではない。

2  抗弁2のうち、自賠責保険から、二七一四万〇七八七円、労災保険から、遺族特別支給金三〇〇万円及び葬祭料四二万八三〇〇円を支払われ、また、医療機関の請求に基づき、四一五万五三九三円の療養補償給付が行われていることは認める。

但し、遺族特別支給金は、原告らが本訴で請求している逸失利益及び慰謝料を補完する性質のものではないから、損益相殺の対象とはならないし、遺族特別支給金及び葬祭料はいずれも原告寺田美智子に対して支払われたもので、原告寺田真由及び同寺田勇介に対して支払われたものではない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録中の各記載を引用する。

理由

一1  請求の原因1のうち、本件事故の日時、場所、加害車が本件交差点を右折する際、交差点内で道路作業に従事中の訴外張に接触し、訴外張が死亡したことは当事者間に争いがない。

そうすると、本件事故による損害賠償請求については、法令一一条一項により、原因たる事実である本件事故の発生地である日本国の法律が準拠法となる。

2  請求の原因2は当事者間に争いがない。

二  原告らの損害について

1  治療費 四一六万三八〇三円

成立(原本の存在共)に争いのない甲第一一ないし第一三号証によれば、訴外張の治療に要した費用は、林病院が一六万二九七四円、千里救命救急センターが五四万四三二〇円、三島救命救急センターが三四五万六五〇九円の合計四一六万三八〇三円であることを認めることができる。

2  逸失利益 五六七八万七八一六円

成立(甲第八、第一〇号証、乙第二八号証については、原本の存在共)に争いのない甲第八ないし第一〇号証、乙二八号証、弁論の全趣旨により真正に成立(原本の存在共)したものと認められる甲第四ないし第六号証によれば、訴外張は昭和二三年一〇月一日生まれで、本件事故当時、妻の原告寺田美智子、子の原告寺田真由(当時一四歳)及び同寺田勇介(当時一二歳)ら三人と共に四人家族で暮らし、大翔の取締役副社長として月収五〇万円(社会保険料月額三万六三二〇円を控除して四六万三六八〇円)を得ていたこと等を認めることができ、四五歳から六七歳までの就労可能年数二二年に対応する年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除し、生活費控除率は三割と解するのが相当であるから、これを前提にして訴外張の逸失利益の現価を算出すると、右のとおりとなる。

(算式) 四六万三六八〇円×一二×(一-〇・三)×一四・五八

3  葬儀関係費用 一二〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立(原本の存在共)したものと認められる甲第一四、第一五号証の一ないし四、第一六、第一七号証の一、二及び第一八号証によれば、訴外張の葬儀関係費用として、合計二七二万九二三〇円が支出されたことを認めることができるが、本件事故と相当因果関係が認められる葬儀関係費用としては、一二〇万円が相当であると解され、この限度で、原告らの請求は理由がある。

4  慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円

訴外張の死亡、本件事故の態様、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、慰謝料としては、二四〇〇万円をもつて相当とするというべきである。

三  相続

訴外張が中華人民共和国の国籍を有する点は被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす。そうすると、法令二六条により、原告らの相続については、訴外張の本国法である中華人民共和国相続法が準拠法となる。

成立(原本の存在共)に争いのない乙第一七号証によれば、訴外張月瓊は訴外張の母で、本件事故当時生存していたことを認めることができ、前記二2で認定したとおり、原告寺田美智子は訴外張の妻、原告寺田真由及び同寺田勇介は訴外張の子であるから、中華人民共和国相続法の規定により、原告寺田美智子、同寺田真由及び同寺田勇介は、訴外張月瓊と共に、前記訴外張の損害賠償請求権をそれぞれ平等の四分の一ずつ相続したということができ、この限度で、原告らの主張は理由がある。

四  過失相殺について

原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証、第四、第五、第七ないし第九、第一一、第一二、第一四ないし第二七号証(ただし、第四、第一一、第一二、第一五ないし第一七、第二四、第二五号証は一部)、第二九ないし第三二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二二号証、証人佐野守明の証言(ただし、一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件交差点には信号機が設置され、付近の道路は市街地に位置し、アスフアルト舗装され、平坦で、本件当時は乾燥しており、街灯等でやや明るいこと、加害車進行方向からの前方の見通しは良いが、左右の見通しは悪いこと、訴外張は、訴外林水木が昭和五九年に設立した訴外大翔に勤務していたが、知人の下で道路標示作業を覚え、本件事故の約一年前から訴外大翔で、自らが責任者として、実弟の訴外張崇銘(以下「崇銘」という。)、佐野守明(以下「佐野」という。)、野本浩司(以下「野本」という。)、福谷亮(以下「福谷」という。)らと共に道路標示作業に従事し、本件事故当時は、訴外富国の下請けとして、数日前から、本件事故現場である交差点において作業を行つていたこと、本件交差点における作業に関し、訴外富国が大阪府豊中警察署長から受けた許可条件中には、夜間作業に際しては、二〇〇メートル以上の距離から確認できる点滅式赤色注意灯及び照明灯を設置することや作業中は作業現場の両端に、保安要員を配置し、夜間は赤色注意灯を持たせ、交通の円滑と事故防止に努める等の事項が記載されていること、平成五年一一月一五日午後九時過ぎころから、訴外張は現場の責任者として、崇銘、佐野、野本、福谷ら作業員及びガードマン二名の合計七名で、本件交差点における道路標示作業を開始したこと、訴外張らは、本件事故当時、夜間作業の安全確保のために、ガードマン二人の他、蛍光色の着いたチヨツキ、カラーコーン、矢印板、トラツクに備えられていた回転灯等が実際に利用可能であったこと、訴外張らは、右チヨツキ、柿色作業用上着及びズボン、白色ヘルメツトを着用し、交差点内の東西南北の各横断歩道及び車両用導流線を西詰めから北行き車線の中央付近まで表示した後、同月一六日午前一時ごろ休憩に入り、その後約一〇分経過して、まず、佐野及び崇銘の二名が、作業を早く終えるため、作業を再開し、崇銘は、北行き車線の右側車線上付近にカラーコーンを配置し、北行き車線上の右側車線を北に走つてくる車を西に誘導するため、南を向いていたこと、訴外張は、佐野及び崇銘に遅れて本件交差点に出てきて、佐野に対し、道路に線を標示する際に使用するひもの一方を佐野に持たせ、他方を持つて、「赤だから行くぞ。」と告げ、西を向いたまま後退しながら、本件交差点中央付近の本件事故現場に至り、片膝を着いてしやがみこんだこと、当時、訴外張が後退を開始した地点からしやがみ込んだ地点には、カラーコーンや矢印板は設置されておらず、ガードマン二名は未だ本件交差点に配置されていなかつたこと、被告山下は、本件交差点東南角にある、当時勤務していた西濃運輸株式会社豊中支店に帰るため、加害車を運転して、本件交差点付近に至り、右折専用車線に入り、先行する数台の乗用車に続いて赤信号のため停車したこと、被告山下は、この時、本件交差点で二人の人物が道路作業をしているような様子であるのを認めていること、被告山下は、先行する乗用車が発進したのに続いて、前照灯を点灯して時速約二〇ないし二五キロメートルで発進し、本件交差点南の横断歩道手前付近で右にハンドルを切り始め、そこから約九メートル進行した地点で右サイドミラーで、右後輪が中央分離帯に乗り上げないかどうかを確認し、更に右方の横断歩道付近に注意を払つたこと、加害車両の運転席からは、二台の普通乗用自動車が先行していても、本件事故現場で片膝を着いた作業姿勢の訴外張の姿を、被告山下が右折を開始した地点よりも約一〇数メートル手前の地点において確認できること、訴外磯野通男(以下「磯野」という。)は、大型トラツクを運転して、本件事故直前に本件交差点に至り、交差点南側の歩道橋付近で加害車に追いついたが、そのころには、右歩道橋に設置された右折専用の信号の表示は青色であったこと、加害車両に続いて本件交差点内に進行したところ、本件事故のため加害車両が停止したこと、この時、本件交差点北側の分岐点に設置された右折用の信号表示は黄色であったこと、磯野は、そのままでは東西道路を走行する車両のじやまになるので、加害車両の左側を回つて右折しようとしたところ、訴外張が倒れ、同人のヘルメツトがころがつていたので、ヘルメツトを除いてもらつてから右折したこと、その際、磯野の進路付近にはカラーコーンはなかつたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する甲第二号証、乙第一一、第一二、第一五ないし第一七、第二四、第二五号証の各部分並びに証人佐野の供述部分は採用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、訴外張は、深夜、本件交差点内において、道路標示作業をする際、現場の責任者として、自らの判断で警告灯やガードマンを配置して、作業の安全を確保すべきであり、ガードマン二人、矢印板等が現に利用可能であったにもかかわらず、これらの使用を怠り、カラーコーンは設置したものの、設置場所から離れた交差点中央付近でしやがみこんで作業を行つている時に本件事故に遭遇したのであるから、過失があるといわざるを得ず、被告山下の過失と比較勘案すれば、その割合は三割とするのが相当である。

五  損害てん補について

原告らが、本件事故につき、自賠責保険から二七一四万〇七八七円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第一一ないし第一三号証、成立(甲第二一号証の一及び二については原本の存在共)に争いのない甲第二一号証の一及び二、第二三号証、乙第三五号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告らが被告会社から二〇〇万円の支払いを受けたこと、原告寺田美智子が、労災保険から遺族特別支給金三〇〇万円及び葬儀料四二万八三〇〇円の支給を受けたこと、医療機関の請求に対し、療養補償給付四一五万五三九三円が支給されていること等の事実が認められる。

遺族特別支給金三〇〇万円については、遺族見舞金の性格を帯び、損害のてん補を目的とするものとは解されないこと等からこれを控除しないこととし、前記原告らの総損害のうち、治療費四一六万三八〇三円につき、前記四の過失割合に基づき過失相殺を行つて得られた額から、これに対応する療養補償給付を控除すると、剰余がなく、葬儀費用一二〇万〇〇〇〇円につき、前記四の過失割合に基づき過失相殺を行つて得られた額から、これに対応する葬祭料を控除すると四一万一七〇〇円が余るので、これを逸失利益及び慰謝料につき、前記の過失割合に基づき過失相殺を行つて得られた額の合計五六五五万一四七一円に加え、この合計額から自賠責保険から支給された二七一四万〇七八七円及び被告会社から支払われた二〇〇万円の合計二九一四万〇七八七円を控除すると残額は二七八二万二三八四円となる。

六  前記三に判示したとおり、原告らは、訴外張の損害賠償請求権をそれぞれ四分の一ずつ相続したので、各六九五万五五九六円となる。

七  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、原告訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起及び追行を委任し、弁護士費用を支払うことを約したことを認めることができるところ、本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件不法行為による損害として被告らに負担させるべき弁護士費用は、二〇〇万円とするのが相当である。

八  以上のとおりであって、原告らの本訴請求は、被告らに対し、それぞれ金七六二万二二六二円及び右各金員に対する平成五年一一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石原寿記)

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